最高裁判所第二小法廷 昭和26年(オ)103号 判決 1953年10月23日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人伊藤敬寿、同椎津盛一、同森山邦雄の各上告理由は本判決末尾添付の別紙記載のとおりであり、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
上告代理人伊藤敬寿の上告理由第一点の(二)及び(三)並に同椎津盛一の上告理由第二点について。
裁判所がさきにした証拠決定にもとずく証拠調を施行せず、また右決定の取消もしないで口頭弁論を終結しようとするにあたり、申請当事者においてこれに対し何等異議を述べなかつたときは、当該証拠申請を抛棄したものと解するのを相当とする。
本件記録によると、原審が所論検証申請を採用しながら、その証拠調を施行せず、また採用を取消すこともしないまま口頭弁論を終結し、判決の言渡をしたことは所論のとおりであるが、右弁論終結にあたり、申請当事者である被上告人はこれに対し何等異議を述べた形跡なく、当事者双方代理人において他に主張立証はない旨陳述していることが明かであるから、前記検証申請は抛棄されたものと解すべきであつて、原判決手続には所論のような証拠調遺脱の違法はない。
また、本件建物に水道、ガスの設備がなく、井戸も他人のものである事実は上告人が原審において何等主張立証していないところであるから、原審がこの点につき審理判断しなくても敢て違法とするに足りない。
されば、論旨はいずれも理由がない。
上告代理人伊藤敬寿の上告理由第二点(三)の(イ)、同椎津盛一の上告理由第三点前段及び同森山邦雄の上告理由第一点の(ハ)前段について。
賃貸人が賃借人に対し、賃貸目的物件の返還を求める訴を提起した場合、訴状に賃貸借が解約申入によつて終了した経過を叙述し、右終了に拘らず賃借人が依然前記物件を占有しているのは不法占有にほかならないから、所有権にもとずきその返還を求める旨請求原因を表示しているときは、その訴の訴訟物は正に所有権にもとずく物の返還請求権にほかならないけれども、右訴状の記載自体、賃貸人が当該賃貸借関係の存続を欲しない意思であることを明かに推測させるに足りるものがあるから、特別の事情がない限り、若しさきになした解約申入がその効力を生じていないならば、改めて解約する旨の意思表示をも、暗黙に包含するものと解するのが相当である。
記録によると、本件訴状には本件建物賃貸借が解約申入によつて終了した経過を叙述し、右終了を前提として本訴に及んだことが明かにされているに拘らず、原判決が、該訴状に所有者として不法占有を理由に本件建物の明渡を求める旨明記されているという一事によつて、他に特段の理由を示すことなく、右訴状送達により解約申入がなされたという上告人の主張を排斥し去つたのは失当を免れない。
しかし、原審は、仮に右訴状送達により解約申入がなされたものと認め得るとしても本件においては解約の正当の事由がない旨判示しているのであつて、原判決確定の事実関係のもとにおいては原審の右正当の事由についての判断は正当であるから、本件訴状送達による解約の効果を認めなかつた原審の判断は結局相当に帰する。
されば論旨は採用し得ない。
上告代理人伊藤敬寿の上告理由第二点(三)の(二)、同椎津盛一の上告理由第四点及び同森山邦雄の上告理由第一点の(二)について。
所論のような事実は上告人が原審において主張したものとは認められないから、原審がこの点につき審理判断しなくても違法とはいい難く、論旨は理由がない。
上告代理人伊藤敬寿の上告理由第二点(三)の(ロ)、同椎津盛一の上告理由第一点及び第三点後段並に同森山邦雄の上告理由第一点(イ)及び(ハ)の後段について。
原判決には所論のように当事者の主張を誤解し或は証拠によらずして事実を認定したと認められる点はないのみならず、原審の確定した事実関係のもとにおいては、仮に訴外地引幸作或は上告人側に所論のような事情があつたとしても、なお右両者の解約申入は正当の事由がないものと認めるのが相当であるから、原判決には審理不尽若くは理由不備の違法なく、論旨は採用し難い。
各上告代理人のその余の論旨は、すべて「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。
よつて、本件上告を棄却すべきものとし、訴訟費用につき民訴九五条、八九条を適用し、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)